分離か統合か、個別か集団か。障害児の就学について考える。

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先日、lessorの日記というブログで、こんな記事を読みました。
北欧の福祉だけ羨ましがるのはやめにしよう

早くから目指される「自立」、国民学校を卒業して以降の実力主義、自己責任。先進的な「福祉」との折り合いの悪さを感じるのは、自分が日本的なシステムにどっぷりと浸かってしまっているからなのだろう。
個人的にはデンマークの知的障害者をめぐる話ばかり聞いてみたい。
デンマークでは、いちど「統合教育」や「統合保育」を目指したが、その後、また「分離」の方向に進んだとも聞く。
「自己決定」「自己責任」に困難さを抱えた人たちが、社会の哲学の中でいったいどんな位置づけのもとに支援を受けられているのか。

自分も、その関連で学校教育の現場で働いていた時期もあって、とても気になるテーマです。
普通学級で小学校1年生に脳性麻痺の児童が入学しましたが、
当初は座位を保持していることですら難しく、普通学級への入学は「本人の希望」だそうですが、
そうでなければ、見ようによっては下手すりゃ児童虐待です。
6歳の子供の言葉に「本人の希望」だからといって、そんな重い責任を負わせているわけで、今思い返しても胸が痛みます。
結局、6年間を普通学級で過ごしましたが、
児童にとっての貴重な6年間を本当に将来のために意義のあるものにできていたのかは疑問です。
もちろん答えはないのでしょうけれど。

日本での統合教育はあくまで「みんな一緒」であって、
学習プログラムも個別化されているわけではなく、年齢ごとの発達段階に沿ってプログラムされています。
それに対して、たとえば、アメリカでは個別学習プログラムで、
同じ学校でも個別のプログラムで学習を進めているという話を聞きました。

問題の根本は、統合教育か分離教育かということではなく、個別教育か集団教育かというところに目を向けていかない限り、
いつまでたっても同じような児童が後を絶たないですよね。
みんな一緒の統合教育が絶対であると信じて疑わない人も多いわけですから。

デンマークでも分離教育が進められているということについては、
オープンに話し合うことを避けてきていたこの問題を考えるヒントになりそうですよね。

ついでに、はてなブックマークを見ていたらこんなのがあって。
みんながそうではないんですけれど、一部にはそういう方もいると。


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