2026年3月4日、厚生労働省は「介護保険最新情報 Vol.1474」として、令和8年度の介護職員等処遇改善加算に関する通知案を公表しました。今回の通知案は、単なる様式変更の案内ではありません。処遇改善加算の対象拡大、新たな加算区分の創設、対象サービスの見直し、賃金改善の考え方、必要書類や確認事項までをまとめて示した、令和8年度の実務運用の基準となる内容です。現在調整中ではあるものの「令和8年3月中旬を目途に正式に発出する予定」とされており、新年度の加算取得事務に間に合うよう、案の段階で前倒しして示されたことがわかります。
※厚生労働省介護保険最新情報vol.1474「介護職員等処遇改善加算等に関する基本的考え
並びに事務処理手順及び様式例の提示について(令和8年度)(案)」
今回の通知で特に注目されたのは、「賃上げ未実施なら返還も」という点でした。介護職員の間では処遇改善加算が給与に反映されていない「ピンハネ」ではないかと疑念を持つ方も少なくありません。
ただ、通知案を読むと、今回の通知の本質はそれだけではありません。厚労省は、介護分野の人材不足と他産業との賃金差を背景に、令和9年度改定を待たずに期中改定を行い、介護従事者を対象に幅広い賃上げ支援を実施する一方で、その運用をより明確にし、説明できる状態を求めたと言えます。まずはこの通知をもとに「何が拡充され、何が明確化されたのか」を正確に押さえることにあります。
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今回の通知案は、処遇改善加算の対象拡大と運用明確化を同時に示したもの
まず押さえたいのは、今回の通知案が「厳しくなった」だけの文書ではないということです。通知案では、令和8年度介護報酬改定において、介護職員等処遇改善加算の対象を従来の介護職員から介護従事者へ拡大するとともに、生産性向上や協働化に取り組む事業者に対する上乗せの加算区分を設けること、さらに、これまで対象外だった訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援等にも新たに処遇改善加算を設けることが示されています。通知案の本文でも、対象の「介護従事者への拡大」や「訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援等」への新設が明記されています。
ここは、介護現場の経営者や管理者にとって見落とせないポイントです。これまで処遇改善加算の中心は、主として介護職員への賃金改善として理解されてきました。しかし令和8年度の臨時改定では、対象範囲そのものが広がります。つまり今回の通知案は、「返還が怖いから気をつける」ための文書というより、「支援の範囲が広がる代わりに、運用ルールもより明確になる」ことを示す文書として読むべきです。
賃上げ支援の拡充と説明責任の明確化
通知案の「基本的考え方」では、令和8年度介護報酬改定について、介護従事者を対象に「月 1.0 万円(3.3%)」の賃上げを実現する措置を実施するとし、生産性向上や協働化に取り組む事業者の介護職員を対象に「月 0.7 万円(2.4%)」の上乗せ措置を実施すると示しています。さらに注記では、定期昇給を含めて、介護職員について最大で月1.9万円、6.3%の賃上げが実現する措置だと整理されています。これは、今回の改定が単なるルール強化ではなく、人材流出を防ぐための緊急的な処遇改善策でもあることを示しています。
このような賃上げ支援の対象拡大と支援強化を進めるにあたり、その財源が本当に賃金改善に使われるのかを確認するために、要件や証明が明確に整理された、という形です。事業所側としても、今回の通知を「監査強化の知らせ」とだけ受け止めるより、「支援を活かしながら、運用の透明性を求められる段階に入った」と捉えたほうが実態に近いでしょう。
賃金改善は努力目標ではなく、加算算定の前提
今回の通知案で最も実務的に重要なのは、賃金改善の位置づけです。「処遇改善加算の仕組みと賃金改善の実施等」では、介護サービス事業者等は、処遇改善加算の算定額に相当する職員の賃金改善を実施しなければならないという考え方が示されています。また、令和8年度に増加した加算額については、従来分とは別に、新たに増えた加算額に相当する賃金改善を新規に実施する必要があるという趣旨で整理されています。
ここで大切なのは、「加算を取っているのに、賃上げが給与に反映されていない」という状態が制度の趣旨に反することが、かなり明確に読み取れる点です。現場ではこれを感覚的に「ピンハネ」「ピンハネ処遇改善」と表現することがあります。制度上は加算の取得額に見合う賃金改善を行うことが、そもそもの算定前提として置かれていることに注目しなければいけません。
返還リスクが注目されるのは、計画書様式にまで明記されたから
今回の報道で強く取り上げられた返還リスクは、通知案の本文だけでなく、計画書様式や実績報告書様式の誓約欄にかなりはっきり書かれています。提出前チェックリスト等があるページでは、「各証明資料は、指定権者からの求めがあった場合には、速やかに提出すること」と記され、そのうえで「本様式への虚偽記載のほか、処遇改善加算の請求に関して不正があった場合及び指定権者からの求めに応じて書類の提出を行うことができなかった場合は、介護報酬の返還や指定取消となる場合がある」と明記されています。実績報告書側にもほぼ同趣旨の記載があります。
つまり、返還リスクは抽象論ではありません。賃金改善の実施、資料の保存、必要時の提出、これらを満たせない運用は、計画書様式の誓約そのものに反することになります。厳罰化されたというよりは、実際には「返還や指定取消となる場合がある」と様式レベルまで明記されたことで、自治体や事業所が確認すべきポイントがより明瞭になった、と整理するのが正確です。
事業所に求められるのは、やったことを説明できる状態を作ること
今回の通知案を読むと、厚労省が見ているのは「計画書を出したかどうか」だけではないことがよくわかります。重要なのは、計画内容の根拠となる資料を保存し、必要に応じて提示できることです。様式では、証明資料の例として「就業規則、給与規程、給与明細等」が挙げられています。また、「記載内容を証明する資料を適切に保管することを誓約します」との文言も入っています。
このため、実務上は少なくとも、処遇改善計画書や実績報告書だけでなく、賃金規程、就業規則、給与明細、賃上げの算定根拠、配分方法の内部資料を一体で管理しておく必要があります。特に小規模事業所では、計画書作成までは対応しても、その根拠資料の整理が後回しになりやすい傾向があります。しかし今回の通知案では、資料が存在するだけでなく、指定権者から求められたときに速やかに提出できることまで求められています。ここは、令和8年度の処遇改善加算運用で実務担当者が最も意識すべき部分のひとつです。
職員への周知も、形式ではなく制度運用の一部として求められている
通知案でもうひとつ見逃せないのが、職員への周知です。計画書様式には、「本計画書の内容及び賃金改善の方法を雇用する全ての職員に対して周知しました」という確認項目が置かれています。これは、賃上げの方法や配分の考え方を内部で説明していることが、単なる望ましい対応ではなく、制度運用上の確認事項になっていることを意味します。
ここは経営面でも重要です。処遇改善加算は、制度的には賃金改善のための加算ですが、職員から見れば「自分たちにどう反映されるのか」が最大の関心事です。説明が不十分なままでは、実際には賃上げをしていても、不信感が残ります。処遇改善の配分方法、対象職員、支給時期、どの賃金項目に反映したのかを言葉で整理し、必要に応じて書面で示せる状態にしておくことは、監査対策であると同時に、人材定着の面でも意味があります。
国は「最大9000円賃上げ」や「全産業平均賃金への底上げ」「1.9万円の賃上げ」など派手な表現をしますが、現実、これらが処遇改善だけで実現させようとしても、正直難しいです。このギャップを埋める説明も必要になります。組織内の説明責任まで含めて運用される段階に入ったことを示しています。
職場環境等要件や生産性向上の取組も、令和8年度はより実務的な論点になる
今回の通知案では、賃上げだけでなく、生産性向上や協働化に取り組む事業者への上乗せ措置も大きな柱です。本文では、生産性向上や協働化に取り組む事業者に対する上乗せの加算区分を設けることが示されており、様式面でも職場環境等要件や令和8年度特例要件の確認欄が設けられています。職場環境等要件には採用、人材育成、両立支援、健康管理、生産性向上、やりがい醸成まで、多数の取組項目が整理されています。
この点は、処遇改善加算を単純に「賃金の加算」とだけ見ていると見落としやすいところです。令和8年度の実務では、加算の取得そのものだけでなく、職場環境改善や生産性向上の取組をどう整理し、どの要件で説明するかも重要になります。とくに、新たに上乗せ区分を狙う事業所や、新規対象サービスとして加算取得を検討する事業所では、単なる給与計算担当だけで完結せず、現場運営や管理者の取組まで含めて整理する必要があるでしょう。
令和8年度に向けて、事業所が確認しておきたいこと
今回の通知案を踏まえると、事業所が優先して確認すべきことはかなり明確です。第一に、自事業所が令和8年度の処遇改善加算の対象サービスや対象職種の拡大にどう関係するのかを確認すること。第二に、加算取得額に見合う賃金改善の設計ができているかを点検すること。第三に、その根拠となる就業規則、給与規程、給与明細、内部算定資料を整理し、提出を求められた場合に速やかに出せるようにしておくこと。第四に、計画書の内容と賃金改善の方法を職員へ周知し、必要に応じて説明できるようにしておくことです。これらはいずれも、通知案や様式上の確認事項から直接導ける実務課題です。
とくに、これまで処遇改善加算を毎年慣例的に運用してきた事業所ほど、「いつも通り」で済ませないことが重要です。令和8年度は対象拡大や上乗せ区分が絡むぶん、制度理解も運用設計も一段複雑になります。しかも、様式上の誓約や確認欄が明確になったことで、説明責任の重みも増しています。処遇改善加算は人材確保のための重要な財源ですが、同時に、事業所の管理体制や透明性が問われる制度でもあることを、今回の通知案ははっきり示しています。
まとめ
令和8年度の介護職員等処遇改善加算に関する通知案は、返還リスクだけを伝えるわけではありません。介護職員から介護従事者への対象拡大、新たな加算区分の創設、訪問看護や居宅介護支援等への新設、賃上げ支援の強化、そしてその運用を裏付ける資料保存や職員周知まで含めて、制度全体を再整理した文書です。厚労省が示したのは、「支援を広げる一方で、賃金改善と説明責任もより明確に求める」という方向性だと言えます。
「ピンハネ」と思われないようにしっかり透明性を持って説明責任を果たしていく。そして事業所として介護従事者とともに成長を目指していく関係を作りましょう。

編集:
介護福祉ウェブ制作ウェルコネクト編集部(主任介護支援専門員)
ケアマネジャーや地域包括支援センターなど相談業務に携わった経験や多職種連携スキルをもとに、介護福祉専門のウェブ制作ウェルコネクトを設立。情報発信と介護事業者に特化したウェブ制作サービスとAIを活用した業務改善提案を行う。



