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同じ仕事内容で、月1万9,000円の差があったらどうするか

介護職員が転職先を探す場面を想定します。
仕事内容、勤務時間、夜勤の有無、利用者層などがほぼ同じ2つの事業所があるとします。
業務内容に大きな差はなく、求められるスキルや責任の重さも同程度。
人間関係や職場の雰囲気は、実際に働いてみないと分からない。
このような条件が並んだ場合、転職を検討する介護職員が最終的に比較するのは、
待遇や将来の見通しです。
仮に、その2つの事業所の間に月額で約1万9,000円の給与差があるとしたら、どちらを選ぶかは明白でしょう。
介護職員の賃金が将来的に飛躍的に増えるという保証がない中で、今後の人生を考えるうえで、当然の判断です。
そして現在、介護分野では「月1万9,000円相当の差」が、制度対応の違いによって現実的に生じる状況にあります。
その背景にあるのが、「介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業」です。
今回はこの補助金について紹介しつつ、介護事業の経営者は、この補助金の申請を通して採用に結び付けるためのヒントを解説していきます。
介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業とは
この補助金事業は、国が打ち出した「医療・介護等支援パッケージ」の一施策として位置づけられています。

物価高騰や人材流出が続く中で、介護職員の処遇を一時的にでも底上げし、現場から人が離れることを防ぐ目的で設けられました。
ただし、この制度は「全事業所に一律で同じ額を配る」仕組みではありません。
事業所ごとに、
- 処遇改善への取り組み状況
- 生産性向上や業務改善への姿勢
- 職場環境の整備状況
といった要素を評価し、
対応状況に応じて支援額が変わる設計になっています。
最大で、
介護職員1人あたり月額1万9,000円相当の賃上げ原資が想定されていますが、
これはあくまで「最大値」であり、どの事業所でも自動的に得られるものではありません。詳細はこちらの記事や動画をご参照ください。
介護職員の賃上げ「3段階構造」の補助金

① 処遇改善加算を前提とした基本的な賃上げ支援
最初の段階となるのが、処遇改善加算を取得している事業所を対象とした支援です。
基準月(令和7年12月)において、
処遇改善加算を取得していることが要件とされており、
この条件を満たすことで、
月額1万円相当の賃上げ原資が想定されています。
処遇改善加算は、すでに多くの事業所が取得しています。
処遇改善加算を取得していない事業所はその土俵にも上がれないということです。
また、この1万円相当の賃上げに関しては、介護職員だけでなく、居宅介護支援事業所のケアマネや訪問看護ステーションの看護師など、介護職のいない職場であっても対象となります。これらの職場は処遇改善の要件を満たすための準備から始める必要があります。
② 生産性向上・協働化への対応による上乗せ支援
次の段階では、生産性向上や協働化への具体的な取り組みが求められます。
ここで重要なのは、
「人手不足を人海戦術で乗り切る事業所」から
「業務のやり方そのものを見直す事業所」への転換が
制度上、明確に求められている点です。
具体的な要件は、サービス類型によって異なります。
訪問介護や通所介護などの在宅系サービスでは、
ケアプランデータ連携システムへの加入等が要件とされています。
これは単なるシステム導入ではなく、
ケアマネジャーや関係事業所との情報連携を円滑にし、
書類作成や確認作業にかかる時間を削減することを目的としています。
一方、特別養護老人ホームや老健などの施設系・居住系サービスでは、
生産性向上推進体制加算の取得等が要件とされています。
いずれの場合も、
「現場の負担を減らし、限られた人員でサービスの質を維持・向上させる」
という考え方が前提になっています。
なお、基準月の時点でこれらの要件を満たしていなくても、
申請時から実績報告までに対応することを誓約すれば、
要件を満たしたものとして扱われる措置が設けられています。
③ 職場環境改善への取り組みによる追加支援
3段階目では、職場環境そのものをどう改善しているかが問われます。
具体的には、
- 業務内容を洗い出し、無駄や属人化を整理しているか
- 業務改善を継続的に検討する体制があるか
- 職員ごとの役割や責任範囲が明確になっているか
といった点が評価対象になります。
3段階目は、職員の給与だけでなく、職場環境の改善に使うことができるなど事業所の裁量が認められています。つまいr、事業所の考えが色濃く反映される部分となります。
同じ仕事でも、事業所ごとに「差」が生まれる理由
ここまで見てきたように、
この支援事業は、事業所の取り組み姿勢を段階的に評価する構造になっています。
その結果、
- 制度対応を後回しにしている事業所
- 必要最低限の対応にとどまっている事業所
- 先を見据えて整備を進めている事業所
の間で、介護職員の賃金に大きな差が生じる可能性があります。
採用市場において、この差はそのまま「収入の差」として認識されます。
職員側から見れば、
「同じ仕事なら、より条件の良い事業所を選ぶ」
という判断になるのは自然な流れです。
多くの事業所が、まだこの情報を採用に活かしていない

本事業の実施要綱が示されたのは直近であり、現時点では、
- 制度内容を確認している段階
- 申請準備中
- 対応方法を検討中
という事業所が多いのが実情です。
そして、
すでに制度対応を進めている事業所であっても、
その事実を採用情報として発信していないケースが非常に多い
という問題があります。
採用ページに何も書かれていなければ、求職者はその事業所の対応状況を判断できません。
結果として、
- 実際には対応している
- しかし、伝わらない
- 採用上の評価につながらない
という状態が生まれます。
結果的に、
「大手だったら補助金申請は絶対にしているだろうから間違いないよね」
のように、他社に採用が大手に偏ってしまうことも懸念されます。
期限付きの補助金だが、採用への影響は一時的ではない
この支援事業は、補正予算に基づく時限的な支援です。
対象期間は、令和7年12月分から令和8年5月分までとされています。
しかし、採用の視点で見た場合、この制度を「一時的なもの」として扱うのは適切ではありません。
この事業で求められている要件は、
2026年6月施行予定の介護報酬改定における
処遇改善加算の方向性を先取りした内容になっています。
生産性向上や業務改善、協働化といった要素は、
今後も継続して評価対象になることが見込まれます。
つまり、
今この制度に対応するということは、一時的な補助金申請でなく、将来の制度改定を見据えた準備を先行して行うということです。
採用情報に書くべきなのは「金額」ではなく「対応状況」
採用情報において重要なのは、
「月いくら賃金が上がるのか」を断定的に示すことではありません。
今回の
介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業は、
事業所ごとの対応状況や取り組み内容によって支援の内容が変わる制度です。また、この金額から税金なども惹かれるため、手取りの額面としては1.9万円という金額に届くことはないでしょう。
そのため、金額だけを前面に出すと、
- 実際の支給額や反映方法が異なる場合に誤解を招く
- 「約束された賃上げ」と受け取られてしまう
- 後から説明が必要になり、信頼関係を損ねる
といったリスクがあります。
一方で、制度にどう向き合い、どこまで対応しているのかを正確に伝えることは、求職者にとって十分な判断材料になります。
この補助金を使って、どう職員の待遇改善や職場環境の改善に努めていくか。どんな職場にしていきたいか。そういった経営サイドの想いを、形とすることができる補助金でもあり、求職者に対しても大きなメッセージとなるのです。
「3段階のうち、どこまで対応しているか」が分かると判断しやすい
介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業は、いわゆる「3段階構造」になっています。
そのため採用情報では、
- どの段階で申請しているのか
- 今後、どこまで対応を進める予定なのか
が分かると、
求職者は「この事業所が処遇改善にどの程度本気で取り組んでいるか」を理解することができます。
重要なのは、すべての段階をすでに満たしている必要はないという点です。
- すでに第1段階・第2段階まで対応している
- 現在は第1段階だが、第2段階への対応を進めている
- 第3段階については、賃金以外の形で職場環境改善に活用する予定
といった状況であっても、何も書かれていない状態より、はるかに透明性があります。
第3段階は「給与上乗せ」だけが正解ではない
3段階目(職場環境改善)は、
事業所の判断で使い道に一定の裁量が認められています。
そのため、
- 必ずしも給与に直接上乗せしなければならない
- 金額として分かりやすく示さなければならない
というものではありません。
むしろ、
- 業務負担を減らすための環境整備
- 働きやすさを高めるための取り組み
- 職員が長く働ける体制づくり
といった目的で活用する方が、
現場にとって意味のあるケースも少なくありません。
採用情報では、
「第3段階をどのような考え方で活用するのか」を伝えることで、
事業所の姿勢や方針を具体的に示すことができます。
採用情報への記載例(パターン別)
パターン①|第1・第2段階まで対応、環境改善も検討中の場合
当事業所では、「介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業(医療・介護等支援パッケージ)」に基づき、処遇改善加算の取得および生産性向上に向けた対応を進めています。
あわせて、職場環境改善についても、業務負担の軽減や働きやすさの向上につながる取り組みを検討しています。
※支援の交付や賃金への反映については、自治体の審査・決定に基づきます。
パターン②|3段階すべてに対応し、職員の賃金上乗せを最優先にする場合
当事業所では、「介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業」に基づき、賃上げに向けた対応および生産性向上、職場環境改善の取り組みを進めています。
職場環境改善については、日々地域の介護を支える職員の待遇改善を最優先にし、補助金をすべて賃金の上乗せのための原資といたします。
パターン③|第3段階を「環境改善重視」で使うことを明確にする場合
「介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業」における職場環境改善の支援については、給与への直接的な上乗せだけでなく、業務負担の軽減や働きやすい職場づくりに活用していく予定です。
具体的には、業務内容の整理や情報共有の仕組みづくりなどを通じて、日々の業務が円滑に進む環境整備を進めています。
パターン④|準備中だが方針を示す場合(誠実型)
現在、「介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業」について、要項を踏まえた対応準備を進めています。
賃金面だけでなく、職場環境の改善にも重点を置き、職員が安心して働き続けられる体制づくりを検討していく方針です。
大事なのは事業所の姿勢を伝えること。
自社ホームページで採用強化を考えるなら
制度対応を採用情報として掲載する際に重要なのは、
介護職員が実際にどこを見て判断しているかを理解したうえで表現することです。
介護職員は補助金のことなんか知らないだろう、と思っている経営者も中にはいるようですが、近年はネットメディアやSNSでも多くの情報が流れています。
今回の補助金に関しても、転職の際のひとつの判断材料になるでしょう。
そのため、介護職員の視点も踏まえて、ホームページなどで情報を発信していくことが必要です。
自社ホームページで採用強化を行うのであれば、
介護職の目線と制度の両方を理解している制作業者に相談することが重要です。
ウェルコネクトでは、
介護現場の実務経験を踏まえた視点から、
制度対応を採用につなげるための
ホームページ設計・採用コンテンツ制作を支援しています。
「採用の施策がうまくいかない」
「介護職員が集まらない」
と採用面でお悩みの事業者様は、
一度、専門的な視点での見直しを行うことをお勧めします。

編集:
介護福祉ウェブ制作ウェルコネクト編集部(主任介護支援専門員)
ケアマネジャーや地域包括支援センターなど相談業務に携わった経験や多職種連携スキルをもとに、介護福祉専門のウェブ制作ウェルコネクトを設立。情報発信と介護事業者に特化したウェブ制作サービスとAIを活用した業務改善提案を行う。




