ケアマネジメントの報酬に、利用者の自立や要介護度改善に応じたインセンティブを導入すべきだという議論が出ています。
財務省は、2026年4月28日の財政制度等審議会資料で、ケアマネジメント報酬について「自立・要介護度改善へのインセンティブ付け」を検討すべきだと示しました。現行の報酬体系では、利用者の状態が改善してもケアマネジメント報酬に反映されにくく、自立支援を後押しする仕組みになっていない、という問題意識です。
一見すると、もっともらしく聞こえるかもしれません。
介護保険は自立支援の制度であり、利用者の状態がよくなることを評価する。そう説明されれば、正しい方向性に聞こえるのかもしれません。
しかし、この議論には根本的な誤りがあります。
ケアプランの質を要介護度の改善で評価することは、ケアマネジメントの質を評価しているようで、実際には「改善しやすい利用者を担当しているかどうか」が軸になってしまうのです。
これは単なる制度設計上の小さな欠陥ではありません。介護保険制度そのものを、改善可能性の高い人に資源を寄せる制度へ変質させる危険があります。

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介護保険法が求めるのは「その能力に応じた自立」である
まず確認すべきは、介護保険制度の目的です。
介護保険法第1条は、要介護状態となった人が「尊厳を保持」し、「その有する能力に応じ自立した日常生活」を営めるよう、必要な保健医療サービス・福祉サービスを給付する制度であると定めています。
ここで重要なのは、「その有する能力に応じ」という言葉です。
介護保険制度は、すべての利用者を同じ状態に近づける制度ではありません。要介護度を下げることだけを目的にした制度でもありません。本人の心身の状態、生活環境、家族関係、疾病、認知機能、地域資源を踏まえ、その人にとって可能な自立した生活を支える制度です。
- 要介護5の方が、肺炎や褥瘡を起こさず、自宅で家族と穏やかに過ごすこと。
- 認知症の独居高齢者が、地域の見守りやサービスを使いながら在宅生活を続けること。
- 末期がんの方が、本人の望む場所で最期の時間を過ごすこと。
- 言葉を発することはできなくなったけれどテクノロジーを使って自分の意思を伝えることができるようになること
これらはすべて、介護保険制度が支えるべき「その能力に応じた自立」です。
にもかかわらず、要介護度改善を報酬上の評価軸に据えれば、能力の出発点がまったく異なる利用者を、同じ物差しで比較することになります。
これは介護保険法の理念に沿った評価ではありません。むしろ、介護保険法が大切にしてきた「個別性」を、介護度という画一的な指標に押し込めるものです。
改善しやすい利用者ほど、ケアプランの差は見えにくい
財務省案の大きな問題は、「改善した」という結果を、ケアマネジメントの成果だと短絡的に結びつけている点にあります。
しかし、現場の実感はむしろ逆です。
改善可能性の高い利用者は、もともと回復のポテンシャルを持っています。退院直後で一時的に機能が落ちている方、本人の意欲が高い方、家族の支援力がある方、住環境が整っている方、経済的にもサービスを組み立てやすい方。こうしたケースでは、適切なリハビリ、福祉用具、通所サービス、訪問看護などの方向性が比較的見えやすく、関係者の合意形成も進みやすい傾向があります。
もちろん、そこにケアマネジャーの専門性が不要だという意味ではありません。
しかし、改善しやすいケースでは、本人の回復力や環境要因が成果に大きく影響します。担当者が誰であっても、一定の改善が見込めるケースは少なくありません。
一方で、ケアプランの質が本当に問われるのは、改善効果が見えにくいケースです。
こうしたケースでは、単にサービスを並べても生活は安定しません。本人の意思、家族の限界、医療との連携、行政や地域包括支援センターとの協働、緊急時対応、権利擁護、看取りの見通しまで含めて、ケアマネジャーが全体を組み立てる必要があります。
ここにこそ、ケアプランの差が出ます。
つまり、ケアマネジメントの質は、改善しやすい人をどれだけ改善させたかではなく、複雑な生活課題を抱えた人をどれだけ支えられたかに表れます。
質の高い事業所ほど、困難ケースを受けている
地域の中で信頼されている居宅介護支援事業所ほど、困難ケースの相談を受けやすくなります。
地域包括支援センター、医療機関、行政、サービス事業所、民生委員などから、「このケースを何とか見てもらえないか」と相談される事業所があります。そうした事業所は、単に件数をこなしているのではありません。地域のセーフティネットとして機能しています。
実際、特定事業所加算は、中重度者や支援困難ケースへの積極的な対応、専門性の高い人材の確保、質の高いケアマネジメントを実施している事業所を評価する制度として位置づけられています。
これは重要です。
現行制度は少なくとも一部において、「困難ケースを担う事業所こそ評価すべき」という考え方を持ってきました。
居宅介護支援事業所の特定事業所加算に関しても、困難ケースの対応が加算の算定要件に含まれています。ケアマネがチームとして対応できる体制があり、事業所内での研修の仕組みの整った、24時間相談対応可能な特定事業所こそ、困難ケースの支援を積極的に行うべきとされていました。
ところが、要介護度改善をインセンティブの中心に置けば、この考え方は反転します。
困難ケースを多く受ける事業所ほど、短期的な改善率は下がりやすくなります。改善しやすい利用者を多く担当する事業所ほど、数字上はよく見えます。結果として、地域で最も難しいケースを支えている事業所が不利になり、比較的成果が出やすい利用者を集める事業所が評価される構造が生まれます。
これは、質の高いケアマネジメントを評価する制度ではありません。
改善しやすい利用者を選ぶ制度です。
この制度が実現されたとき、最も恩恵を受けるのはどのような居宅介護支援事業所でしょうか。はっきり言います。地域包括支援センター運営法人併設の居宅介護支援事業所です。
多くのケースでは、地域包括支援センターが居宅介護支援事業所に利用者を紹介しています。改善可能性が高く、インセンティブにつながるであろう利用者がいれば、自法人の居宅介護支援事業所に紹介します。
これまでも疑問視されてきた地域包括支援センターの公平中立性がさらにゆがめられることは間違いないでしょう。
困難ケースでは、多機関連携そのものがケアマネジメントの質になる
ケアマネジメントの質は、利用者の介護度が下がったかどうかだけでは測れません。特に困難ケースでは、多機関連携をどう組み立てるかが支援の成否を左右します。
令和5年度のケアマネジメントに関する調査研究では、困難事例においてケアマネジャーが連携した機関・団体として、地域包括支援センター、介護サービス事業所・施設、医療機関が多いと報告されています。また、困難な状況が「解消した」または「ほぼ解消した」と回答した割合は36.9%である一方、「どちらとも言えない」が26.4%、「あまり解消していない」または「解消していない」が20.2%とされています。
※参照:地域包括ケアシステムにおけるケアマネジメントのあり方に関する調査研究事業報告書
この数字は、困難ケース支援の現実をよく表しています。
困難ケースは、ケアマネジャーが関わったからといって、きれいに解決するとは限りません。むしろ、完全な解決が難しい中で、生活の破綻を防ぎ、関係機関をつなぎ、リスクを抑えながら支援を継続することが求められます。
たとえば、認知症の独居高齢者について、服薬ミスや火の不始末、消費者被害、栄養状態の悪化を完全にゼロにすることは難しいかもしれません。しかし、訪問介護、通所介護、配食、主治医、薬局、地域包括支援センター、近隣住民をつなぎ、在宅生活の破綻を遅らせることはできます。
それは、要介護度改善という数字には表れにくい成果です。
しかし、介護保険制度にとっては極めて重要な成果です。
介護のアウトカムは「改善」よりも「維持」が中心である
そもそも、介護分野のアウトカムを医療のように「改善」中心で考えること自体に無理があります。
厚生労働省の介護サービスの質評価に関する資料では、老人保健施設や特別養護老人ホームにおけるアウトカム指標について、要介護度、認知症高齢者の日常生活自立度、障害高齢者の日常生活自立度などは、概ね9割程度が状態を維持し、改善または悪化といった変化が見られた利用者は1割程度にとどまったとされています。
※参照:厚生労働省「介護サービスの質の評価について 介護サービスの質の評価のあり方に係る検討委員会」
この数字は、非常に重い意味を持ちます。
介護の現場では、「維持」が多数派です。
そして、維持は決して「何も起きなかった」という意味ではありません。
転倒を防いだ。
誤嚥性肺炎を防いだ。
脱水や低栄養を防いだ。
褥瘡を回避した。
入院を回避した。
家族の介護破綻を防いだ。
認知症の方が地域で暮らし続けられた。
本人の望む場所で看取りを支えた。
これらは、介護の現場では大きな成果です。
しかし、要介護度改善という指標では評価されることはありません。
さらに同じ質評価資料では、転倒発生件数を報酬評価の対象とすることについて、8割の施設が反対したとされています。アウトカムを報酬に直結させることに対して、現場が強い警戒感を持っていたことがうかがえます。
なぜなら、転倒も、入院も、状態悪化も、事業所の努力だけで決まるものではないからです。本人の疾患、認知機能、生活歴、家族支援、住環境、地域資源、医療アクセスなど、多くの要因に左右されます。
これはケアプランも同じです。
改善したから良いケアプラン。
改善しなかったから悪いケアプラン。
この単純な評価は、介護の現実を見ていません。
財務省案は、介護保険を医療モデルで壊そうとしている
財務省案の本質的な問題は、介護保険を医療モデルで捉えていることです。
医療であれば、疾患の治癒、検査値の改善、在院日数の短縮といった指標が成果として扱われやすい領域があります。もちろん医療においても成果評価の単純化には危険がありますが、治療という目的が中心に置かれやすいことは確かです。
しかし、介護保険は治療の制度ではありません。
介護保険は、老い、障害、疾病、認知症、家族関係、住まい、地域とのつながりを含めて、生活を支える制度です。治すことではなく、暮らしを成り立たせることが中心にあります。
にもかかわらず、要介護度改善をインセンティブの中心に置けば、介護保険は「改善する人を評価する制度」へ変わっていきます。
それは、改善しない人の価値を低く見る制度です。
支援困難な人を後回しにする制度です。
看取り、認知症、重度者、独居、低所得、家族関係の複雑なケースを不利にする制度です。
その先にあるのは利用者の選別・利用者の切り捨てです。
今でさえケアマネは人手不足で、ケアマネによる支援にたどり着くことができないケアマネ難民も生まれています。末期がんなど、改善可能性の低く事業所の利益につながりにくい利用者は、ますます敬遠されていくでしょう。
財務省案を肯定することは、単に報酬体系の一部を見直すことではありません。介護保険が本来守ってきた「その人の能力に応じた自立」という理念を、要介護度改善という単純な成果指標に置き換えることです。
それは、介護保険の理念を肯定しているように見せながら、実際には介護保険を否定するものです。
本当に評価すべきケアプランの質とは何か
では、ケアプランの質を評価する必要がないのか。
そうではありません。
漫然とサービスを積み上げるだけのケアプラン、本人の自立を阻害する過剰サービス、事業所都合に引き寄せられたプラン、医療連携やモニタリングが不十分な支援は、当然見直されるべきです。
問題は、何をもって質とするかです。
ケアプランの質を見るなら、要介護度改善という結果だけではなく、少なくとも次のような視点が必要です。
- 本人の意思や価値観が反映されているか。
- 生活課題が正確にアセスメントされているか。
- 家族の介護負担や限界を見立てているか。
- 医療、介護、行政、地域資源との連携が取れているか。
- リスクを予測し、緊急時対応を組み込んでいるか。
- 状態変化に応じてモニタリングとプラン変更が行われているか。
- サービスありきではなく、生活課題に基づいて支援が組み立てられているか。
これらは、要介護度改善のようにわかりやすい数字にはなりにくいものです。
しかし、ケアマネジメントの専門性はここにあります。
質の高いケアプランとは、改善しやすい人を改善させるプランではありません。
その人の状態と環境を見極め、必要な支援を過不足なく組み立て、生活の破綻を防ぎ、本人の尊厳と選択を支えるプランです。
インセンティブを入れるなら、まず「不利になる人」を考えるべき
自立支援や重度化防止に取り組む事業所を評価すること自体は否定されるべきではありません。限られた財源と人材の中で、ケアマネジメントの質を高める仕組みは必要です。
しかし、その評価軸を誤れば、制度は逆方向に働きます。
要介護度改善を中心にしたインセンティブは、改善しやすい利用者を優先する誘因を生みます。困難ケースを多く担う事業所を不利にします。数字に表れにくい支援を軽視します。
本当に制度設計をするなら、最初に問うべきは「どうすれば改善した人を評価できるか」ではありません。
- 重度者が不利にならないか。
- 認知症の人が不利にならないか。
- 終末期の人が不利にならないか。
- 独居や低所得の人が不利にならないか。
- 家族関係が複雑なケースを受ける事業所が不利にならないか。
- 地域の困難ケースを引き受ける事業所が、制度上損をしないか。
この問いを抜きにしたインセンティブ制度は、質の評価ではありません。利用者選別の制度です。
ケアプランの評価軸を間違えると、介護保険の理念が変わる
ケアプランの質を要介護度改善で評価することは、一見すると自立支援を促す制度に見えます。
しかし、実際には、利用者本人の回復可能性、家族支援、住環境、疾患、認知機能、経済状況といった条件に大きく左右されます。改善したから良いケアプラン、改善しなかったから悪いケアプランという評価は、ケアマネジメントの質を正しく見ていません。
むしろ、ケアプランの質が問われるのは、改善効果が見えにくい困難ケースです。
認知症、独居、医療依存、家族関係の悪化、虐待リスク、経済的困窮、看取り。こうしたケースを受け止め、生活の破綻を防ぎ、多機関連携を組み立てることこそ、ケアマネジメントの専門性です。
介護保険法が求めているのは、「改善可能性の高い人に資源を集中すること」ではありません。
その人の有する能力に応じた自立を、社会システムとして支えることです。
財務省のインセンティブ案は、この理念を踏み外しています。介護保険を、生活を支える制度から、改善する人を優先する制度へ変質させる危険があります。
介護保険制度の持続可能性を考えることは必要です。
しかし、制度を持続させるために、制度の理念を壊してしまっては意味がありません。
ケアプランの評価軸を間違えれば、現場の優先順位が変わります。
そして、最も支援を必要とする人ほど、制度の中心から押し出されていきます。
ケアマネジメントの質を問うなら、要介護度改善という粗い数字ではなく、困難な生活をどう支えたのか、本人の尊厳と選択をどう守ったのか、地域の支援をどう組み立てたのかを見なければなりません。

編集:
介護福祉ウェブ制作ウェルコネクト
編集部(主任介護支援専門員)
ケアマネジャーや地域包括支援センターなど相談業務に携わった経験や多職種連携スキルをもとに、介護福祉専門のウェブ制作ウェルコネクトを設立。情報発信と介護事業者に特化したウェブ制作サービスとAIを活用した業務改善提案を行う。



