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62年目の終戦記念日に、平和について考える。

終戦記念日を迎えました。
戦争が終わって、すごい年月が経っている遠い昔の話かと思いつつ、
たかだか62年です。
自分が生まれたのが昭和53年なので、
自分の経験してきた時間とはまだまだ開きがありますが・・・。
憲法改正についての論議が、盛んに行われています。
安倍晋三総理は、参院選の惨敗を受けてトーンダウンするかと思いきや、
まだ憲法改正論議に関しては下火になる気配を見せません。
憲法改正っていっても、要は9条の自衛権の問題で。
現実問題、既に自衛のための戦力を日本は持っているわけで、
んじゃ、自衛のための戦力って何かっつうと、
アメリカが国際社会の中でやっている暴力行為も、
これも広義に解釈した自衛権なわけでして、
そもそも、戦争に自衛も侵略もくそもないわけですから、
自衛のためというのはただの飾り言葉に過ぎないわけです。
もちろん、戦力を保有しないとしている憲法の文言に沿っていないのは明らかなので、
律儀な日本人としては実情に沿った憲法に書き換えるべきというのもわかります。
ただ、気になるのは、
第二次世界大戦を前にした日本も、今と似たような状況なのです。
自衛権の拡大、隣国の軍事力の脅威、政治不信、格差社会などなど。
当時の日本だって、あの戦争を侵略戦争だと思っている日本人はいなかったわけで。
んじゃ、当時の日本のとった道を断固として避けようとしているはずの今日の日本が、
それと同じ道に進んでいる可能性を否定することもできないわけです。
客観的に見て、憲法9条はロマンにあふれた美しい言葉だと思います。
この矛盾にあふれた社会で、ひとつくらいこんなロマンチックな矛盾があってもいいんじゃないかと思いたくもなります。
できたら、時限立法でもして、200年後には戦力を全て放棄するなんて法律でもつくって、それを目標に世界のリーダーシップをとって平和な国際社会づくりをやっていけたら、ますますロマンチック。
この9条という存在が、9条改正の論議が、
戦争と平和について考えるひとつの足がかりになることを願います。


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