2024年4月に厚生労働省から公表された「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する中間とりまとめ」は、今後の介護業界に求められる方向性を明確に示した文書です。少子高齢化が加速する中、特に注目されているのが「地域の実情に応じた柔軟な体制整備」や「複数事業者の協働化・連携」といった考え方です。
現場では、ICTやAIの導入状況に事業所ごとの差がある中で、「単独では難しい取り組みも、連携や協働によって乗り越えられる可能性がある」と制度文書も示唆しています。本記事では、制度に書かれている内容をもとに、介護業界における“協働”の重要性と、それを支える仕組みづくりについて考えてみます。
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第一章|厚労省「中間とりまとめ2040」の概要──2040年を見据えたサービス提供体制の再設計
1.1 背景と問題意識──介護は“量”だけでなく“質”の確保へ
令和6年度(2024年度)は、医療・介護・障害福祉の「トリプル改定」が同時に行われた節目の年です。その流れの中で、厚生労働省は4月に『2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する中間とりまとめ』を公表しました。

※参照:厚生労働省「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方に関する中間とりまとめ」
この資料の背景にあるのは、2040年という一つの大きな転換点です。団塊ジュニア世代が65歳以上となり、85歳以上人口も急増。高齢者の数だけでなく、医療・介護の「複合的なニーズの重なり」がますます顕在化します。これまでの制度の延長では支えきれないという前提に立ち、「どの地域でも、必要なサービスを、必要な人に、持続的に届ける体制をつくる」ことが求められています。
同時に、介護分野では「人材確保が限界に近づいている」現実も無視できません。単なる職員数の増加ではなく、限られた資源を“どう回すか”、業務を“どう効率化するか”が重要な論点となります。
1.2 「地域類型に応じた体制整備」──制度は“地域差”を前提とした設計へ
中間とりまとめの中で特に注目すべきなのは、介護サービスの整備にあたって、地域を「全国一律」で考えるのではなく、3つの類型に分けて論じている点です。これは、地域ごとに直面する課題が本質的に異なり、必要な施策や事業者の立ち位置も変わってくるという前提に立ったものです。
厚労省が挙げた3つの類型は次のとおりです。

中山間地域・人口減少地域
この類型では、高齢化の進行が非常に早く、地域内の人口そのものが減少しているため、サービスの需要はあっても、それを担う事業者や職員の確保が非常に難しいという深刻な課題があります。
加えて、施設や事業所が点在し、移動や送迎にもコストがかかるため、事業運営の継続性そのものが危ぶまれる地域も少なくありません。
このような地域では、以下のような方策が提案されています。
- 通所・訪問・短期入所など複数のサービスを一体的に運営する体制の整備
- 職員や設備を地域内で融通しあう人材のシェアリング
- デジタル技術やテクノロジーの導入による業務効率化と遠隔支援の拡充
- 場合によっては複数法人による連携・共同運営の推進
これらは単なる理想論ではなく、実際に今後の報酬や制度設計に反映される可能性の高い示唆です。とくに事業所単位での運営が厳しい場合、「どこかと組む」「一体的に受け持つ」ことを前提に経営計画を見直す必要があるとも言えます。
大都市部
一方で、東京・大阪・名古屋などの大都市圏においては、人口の流入と高齢者の増加が同時に進んでいます。絶対的な需要は今後も伸びることが確実ですが、課題はそれを支える供給体制の整備が追いついていないという点にあります。
都市部特有の課題として、以下が挙げられています。
- 施設・事業所のスペース確保が困難で、供給そのものが物理的に限られる
- 拠点が点在しやすく、地域内の情報連携や業務連携が分断されがち
- 高齢単身世帯・高齢夫婦世帯が多く、支援が届きにくいケースが増加
このような状況に対し、厚労省は都市部でも拠点機能の強化や、訪問系サービスの基盤整備、医療・介護・生活支援の多機能な連携拠点の配置を提案しています。また、DX(デジタル・トランスフォーメーション)によるエリア単位での情報共有・サービスマネジメントも今後重要になると明記されています。
大都市部では、事業所としての独自性や機動力を生かすだけでなく、「ネットワークの中でどう動くか」「地域連携の設計にどう関わるか」が、今後の加算や評価に直結してくる可能性があります。
一般市・中核市等
この類型は、都市部でもなく、過疎地でもない「中間層の地域」が対象です。一見、安定しているように見えますが、サービスの過不足が発生しやすく、“支援が届かない人”をどう見つけ、どうつなげるかが重要な論点となっています。
また、医療・介護・福祉の分野がゆるやかに分断されたまま併存しているケースが多く、制度の枠を超えた“つなぎ”の仕組みが不足しているという課題も指摘されています。
このような地域に求められているのは、
- 高齢者が使いやすく、支援につながりやすい生活支援・予防の仕組み
- 医療機関・地域包括支援センター・介護事業所などが顔の見える関係を築くネットワーク形成
- 地域資源を「点」ではなく「面」として機能させるための中間支援機能の強化
これらは事業所単体では解決できるものではありません。逆に言えば、こうした地域こそ、WebやITを活用した情報共有・可視化の工夫が効果を発揮する場面も多く存在します。
このように、「どこで事業をしているか」によって、制度が求める準備や優先度が大きく異なってきます。中間とりまとめは、それを明文化した初めての資料といっても過言ではありません。
1.3 制度が目指す5つの重点領域
中間とりまとめでは、地域別の体制整備だけでなく、より横断的な重要テーマも整理されています。特に以下の5点は、2040年を視野に入れた再構築の中核とされる領域です。
(1)介護人材の確保と定着支援
- 処遇改善だけでなく、職場環境整備や雇用管理支援、働きやすさの見直しも含めた多角的アプローチが求められる。
(2)業務の効率化とICT・テクノロジーの活用
- 介護記録や情報共有の電子化、遠隔支援など、事務負担の軽減と質の向上を両立させる視点が強調されている。
(3)他事業者との連携・協働・大規模化
- 事業者間の連携によるバックオフィスの共同化、共同研修、夜勤支援、拠点の共用など、資源の「地域内最適化」が図られている。
(4)地域包括ケア体制の深化と医療・介護連携
- ケアマネ・医師・多職種が適切に機能し、訪問看護・在宅医療・通所系サービスなどが連動する構造をつくる必要がある。
(5)介護予防・認知症対応の強化
- 日常生活支援総合事業の活用や、住民主体の活動支援、地域の支援体制づくりの重要性が再認識されている。
1.4 中間とりまとめが経営層に示す“静かな提案”
この中間とりまとめは、すぐに義務化される制度変更ではありません。しかし、文中で繰り返される「柔軟な体制整備」「協働化」「効率化」「地域最適化」といった言葉は、すでに制度がその方向に向かって動き始めていることを強く示しています。
つまり、「制度に対応するための準備」というよりは、「将来に備えて、どんな選択肢を持っておくか」が問われている文書なのです。
次章では、この文書の中でも特に重要な視点の一つである「協働」について、事業運営にとってどんな意味があるのかを深掘りしていきます。
第2章|協働という選択肢──制度が示す“連携”と“効率化”の意味
2.1 単独経営だけでは限界を迎える時代に
厚生労働省の中間とりまとめでは、複数箇所で「他事業者との協働化・連携・大規模化」の重要性が示されています。これは単なる理念ではなく、今後の制度設計の根幹となる考え方です。
とりわけ注目すべきは、ICTやテクノロジーの導入が、業務の効率化や質の向上に直結する一方で、それが“すべての事業所に等しく行き渡っていない”という現実を制度側が正面から認識している点です。
中間とりまとめの中では、ICT活用について次のような表現があります:
「地域の状況に応じて、ICTやテクノロジーを活用しながら、業務の効率化や複数サービスの一体的運営を図る必要がある」(6ページ)
しかし現場では、こうした前提に立つことすら難しい事業所も少なくありません。
2.2 業界に横たわる“IT格差”という見えにくい分断

介護業界では、業務の中心にいるのは介護福祉士・ケアマネジャーなどの専門職種であり、いわゆる「IT人材」はほとんど存在しません。
加えて、多くの事業所ではパソコンの管理やシステム設定が**“詳しい職員”の個人的な努力**に依存しているのが実情です。
このような背景のもと、ITリテラシーやシステム導入の進度には以下のような格差が生じています。
- 書類作成や請求業務をすべて手書き・郵送で行っている事業所が未だに存在
- 記録ソフトを導入しても、入力スキルがばらつき、定着しない
- スマートフォンやタブレットがあっても、活用されていない
- AIを使った業務効率化の導入実績はごく一部
こうした状況では、ICT導入による効率化や業務改善の効果を十分に得られず、逆に負担感が増してしまうことすらあります。
IT・AIを前提とした業務設計が進む中、「できる法人」と「できない法人」の間で差が開きはじめている。
この“IT格差”こそ、協働によって乗り越えていくべき新たな課題であると捉える必要があります。
2.3 制度が語る“協働”の現実的な形
こうした状況を受けて、中間とりまとめでは、地域内や法人間での共同運営・共同活用・人材シェアといった協働の在り方が整理されています。特にIT導入・運用に関する負担を軽減する手段として、以下のような形が想定されます。
- ICT導入経験のある法人が他法人の導入支援や機器選定をサポート
- ICT研修を地域内で合同開催し、リテラシーを底上げ
- 記録・請求ソフトを複数法人で共通運用し、コストを分担
- 技術サポート人材(外注含む)を地域で確保・共有する仕組みづくり
このように、“協働”は単なる人材共有にとどまらず、IT活用における「格差是正」の手段でもあるという視点が、これからの地域運営では重要になってきます。
2.4 経営層に問われる判断と行動
協働を進める上では、当然ハードルも存在します。
法人の文化や就業規則の違い、情報セキュリティの不安、経営主導権の問題など、簡単には乗り越えられない課題もあります。
だからこそ、まず必要なのは“競合ではなく協調”という意識の共有と、ITを含む経営資源を外に開く覚悟です。
この数年で制度が進めようとしているのは、“一法人で完結しない運営モデル”です。
それは決して「吸収される」「大規模化される」ということではなく、「弱点を補い合える関係を地域で築く」という、より柔軟で現実的な形を指しています。
次章では、このような協働や情報共有を実現する上で、WebやITが果たす“静かな役割”に焦点を当てていきます。
第3章|“つながる介護”を支えるIT活用──協働の現場に必要なインフラとは

3.1 協働は「しくみ」なしには成立しない
厚労省の中間とりまとめが示す「地域の実情に応じた柔軟な体制整備」「他事業者との協働化・連携・大規模化」は、現場にとってすでに他人事ではありません。
人材を融通し合い、研修を共同で行い、業務の一部を分担する──そうした協働体制を築くには、「属人的なつながり」だけでは限界があります。
そこで重要になるのが、協働を可能にする“仕組み”としてのIT環境の整備です。
「限られた人材で地域を支える」という制度の方向性を実現するには、Webやクラウドツール、連絡アプリなどを、協働の基盤として柔軟に活用する力が問われています。
3.2 制度が示す方向と、実務で問われる“IT活用力”
今回の中間とりまとめでは、「Webを整備せよ」「クラウドを使え」といった具体的なツール名は示されていません。
しかし文書全体を通して繰り返し語られているのは、以下のような現実的なキーワードです。
- 業務の効率化
- 拠点間連携と役割分担
- 複数サービスの一体的運営
- 他法人との協働・共同運営
- ICTやテクノロジーの導入と活用
これらのキーワードは、ITを活用した仕組みづくりなしには成り立たないものです。
つまり制度は、具体的な方法までは示していないものの、「つながること」と「効率化すること」を強く求めているのです。
その意味で、日々の業務や連携をスムーズに行うためのIT環境をどう整えるかは、制度対応の根幹に関わる実務課題になっています。
この後に紹介するような具体例は、制度の方向と現場の実情をつなぐ“中間領域”として、今後ますます重要になると考えられます。
3.3 現場で進む“つながるしくみ”の具体例
すでに地域の先進的な事業所では、以下のような「協働を支えるIT活用」が実践されています。
情報共有・連絡の円滑化
- LINE WORKSを使って、法人間や在宅介護サービス間での連携を実現
- サイボウズOfficeで、掲示板・施設間研修資料を共有
- Googleサイト/ドライブで、研修動画・帳票・業務マニュアルを共同保管・配信
採用連携・広報の共同化
- 複数法人で合同の採用Webサイトを立ち上げ、職員インタビューや仕事内容を発信
- SNSやGoogle広告を共同で活用し、広報費用を分担しつつ効果を最大化
- より幅広い選択肢から働く場所を選べるメリット
- 「地域の介護を一緒に支える仲間募集」として、採用メッセージを統一
研修の相互開催と動画共有【特に効果的な活用例】
- 毎月、地域の各法人がテーマを分担し研修を持ち回り開催
- 内容を動画撮影し、YouTubeで限定公開
- URLを参加法人に共有して、いつでもどこでも職員が視聴可能に
- 感染対策、記録の書き方、虐待防止、認知症対応などをテーマに、地域の実情に即した実践的内容を蓄積
この研修協働によって得られる効果は非常に大きく、
- 研修準備の負担を分散できる
- 1法人では得にくい多様な視点や地域事情が学べる
- 時間・場所の制約を受けずに学習機会を保障できる
- 職員の視聴記録を活用し、人材育成の管理や記録としても使える
研修は、業務に直結し、かつ協働の「はじめの一歩」として最も取り組みやすい領域です。
3.4 ITは“格差を埋めるツール”でもある
こうした取り組みは、ICTに長けた大規模法人だけのものではありません。
中間とりまとめが示しているのは、IT人材が少なくても、リテラシーに差があっても、協働という形でITを活用できる道があるということです。
こうした“つながりながらデジタル化を進める協働”こそ、今後さらに求められていく形です。
3.5 ITは“協働の土台”を静かに支えている
協働や効率化は制度が示す方向性であり、避けられない未来です。
ただし、そこにたどり着くための“足場”がなければ、絵に描いた餅になります。
Webやクラウド、ツールの整備は、そのための地ならしです。
そして、それを“1法人で全部抱え込む”必要はありません。
つながること自体が、IT導入の負担を下げ、効果を高めてくれる──それが協働の真の力です。
次章では、この中間とりまとめをどう読み解き、経営者として何を判断し、どこから取り組むべきかについて整理していきます。
第4章|制度の示唆をどう受け止めるか──経営者が今、考えておくべきこと
4.1 制度は突然変わったわけではない
今回の中間とりまとめで示された「大規模化」や「協働化」は、目新しい提案ではありません。
実際には、2018年の社会福祉法改正において、社会福祉法人に「地域貢献」が義務化された頃から、すでに連携や役割分担の必要性が制度上でも明確化されていました。
2020年には「社会福祉連携推進法人制度」が創設され、法人同士が緩やかに機能を共有し合う枠組みが整い、2023年には厚労省が「協働化・大規模化に向けた政策パッケージ」を示しています。
つまり今回の中間とりまとめは、これまでの流れの延長線上にある“次の一手”にすぎないのです。
制度がこれだけ時間をかけて方向性を示し続けているということは、これは一過性の提案ではなく、避けられない流れであるという事実の裏付けでもあります。
4.2 「早く行きたければ一人で行け。遠くへ行きたければみんなで行け」
この流れを受けて、今の介護業界を象徴する言葉として紹介したいのが、次のことわざです。
早く行きたければ一人で行け。遠くへ行きたければみんなで行け。
― アフリカのことわざ(アル・ゴアがノーベル平和賞授賞式で引用)
短期的に効率を求めれば、法人単体でやったほうが早いことも多いでしょう。
しかし、2040年という“遠くを見据えた旅路”においては、一法人だけでは到底たどり着けません。
地域内で役割を分け合い、ノウハウや労力を共有し、互いに支え合うしくみを築くことが、長く地域で選ばれ続ける法人になるための条件です。
協働とは、単なる効率化ではありません。
人手不足という限界に向かうなかで「どうすれば、みんなで長く支えられるか」を考えるための、最も実用的な経営戦略です。
4.3 今こそ、“つながる覚悟”を小さく始める
制度がいきなり協働や大規模化を義務づけるわけではありません。
そして、協働することによるデメリットを心配する気持ちも理解できます。特に経営者としては自分の求心力が低下することや、自法人のカラーが薄れていくことを懸念する部分もあるでしょう。
ですが、「小さなステップ」で、意識的に進めることは、将来の備えになります。
- 地域の事業所との関係を見直し、定期的な対話や連絡の機会を増やす
- 業務の中で「これは共有できるかもしれない」と感じた部分を、1つだけでも実際に共有してみる(例:研修動画、帳票フォーマット)
- 自法人の特性を整理し、「どの分野で地域に貢献できるか」「逆に支援を受けたい部分はどこか」を見える化する
- ITやクラウドツールについて、職員の知識と温度感を把握し、できることから使ってみる
このような一歩が、「つながれる法人」であるという信頼を築く基礎となり、やがて制度や報酬の流れに乗るための“助走”となっていきます。
4.4 制度を“読む”ことは、経営戦略を“選ぶ”こと
中間とりまとめは、制度というより“方向を示す灯台”のような存在です。
そしてその灯りの先にあるのは、バラバラに進むのではなく、地域全体がつながる社会保障体制です。
2040年に向かうこの長い旅路を、孤独に突き進むよりも、互いの知恵と経験をつなぎながら進む道を選ぶことこそが、持続可能な経営の鍵になるのではないでしょうか。
その判断の起点となるべきなのが、「制度が今、何を語っているか」を、正確に読み解く力です。
そしてその先に、「うちはどこからつながるか?」という問いを、経営として本気で考えることが、今このタイミングで最も価値のある取り組みだと、私たちは考えています。
まとめ
介護業界にとって、協働やITの活用は「できるところから、つながりながら進めていく」ことが何より大切です。
制度の流れを先読みし、自法人の強みを活かして備えることが、2040年に向けた最良の準備となります。
私たちは、介護事業に特化したウェブ制作会社として、WebやAIの導入・活用に関するご相談を、規模や段階を問わず承っています。
「何から始めたらいいか分からない」「地域の他法人とつながる方法を考えたい」
そんなときは、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の歩みに合わせて、伴走いたします。

編集:
介護福祉ウェブ制作ウェルコネクト編集部(主任介護支援専門員)
ケアマネジャーや地域包括支援センターなど相談業務に携わった経験や多職種連携スキルをもとに、介護福祉専門のウェブ制作ウェルコネクトを設立。情報発信と介護事業者に特化したウェブ制作サービスを行う。